
月刊誌『教育』 2016年2月号
- 特集1
- 「弱さ」を見せられない社会
- 特集2
- 貧困の中の子どもと学習支援
- とびらのことば
- 共同の原理としての「弱さ」
定価990円 / 各号、書店/インターネットにて販売中。
*定期購読のおすすめ*
定期購読やバックナンバー購入については旬報社のサイトをご覧ください→旬報社WEB
目次
特集1 「弱さ」を見せられない社会
- 「弱さ」を認め合うことの困難と可能性
- 「助けて」と言わせない社会──自己責任論と若者支援
- 〈弱さ〉が持ちうる強さ
- 「弱さ」を見せられない社会・文化への対抗──能力次元からの問いを!
- 「独りで」から「みんなと」へ
- 「先生、ショボイっすよ」と言われても──教師だって人と人との関係性
特集2 貧困の中の子どもと学習支援
- 学習支援と貧困からの自己解放
- 制度上の課題と行政‐ 支援現場の共
- 釧路市「Zっと!Scrum」の試み──「居場所」のなかで自治的な関係づくりを
- 「十勝びばっと」と韓国の子ども支援
- 貧困格差と学校の学び
シリーズ
- <教育情報>学校化する教員養成──教員養成学部の今、そして展望
- <毎日がチャレンジ!>〝きらっきら〟の笑顔の子どもたち
- <子どもの風景>つながりを確かめ合
- <ちいさな教材・教具たち>おねがいトランプ
- <「学校メガネ」をはずしてみたら?> 保健室をのぞいてみたら
- <フィンランドからのたより>市民のリビング・図書館
- <円窓より>ジェンダーのまなざしはみ出して、生み出す
- <書評>『朝鮮学校物語』日本版編集委員会編『朝鮮学校物語』
- <書評>山﨑鎮親著『半径1メートルの想像力』
- <映画>「ヴィオレット─ある作家の肖像」
- <子どもと本>ユージン・イェルチン作・絵/若林千鶴訳『アルカーディのゴール』
- <私の誌面批評>授業をともに生きる場に
- 教科研常任委員会だより
- 教育月報
- 編集後記
とびらのことば
共同の原理としての「弱さ」
- このところ、何かと「弱さ」を見せられない社会的風潮が強まってきていますが、他方で各方面から「弱さ」がもちうる意義・可能性への注目が集まってもいます。そうした状況において、教育はどのような立ち位置に置かれているのでしょうか?
- 一面においては、個別化された「学力保障」や「競争の教育」体制の下、〈「弱さ」を見せられない社会〉構築の土台形成を担ってきたという側面があります。他方で、そうした教育のあり方を批判しながら、共同的な学びや学校生活を探る実践もさまざまに積み重ねられてきました。
- また、より本質的には、「(自分で)できるようになりたい」という個々の発達要求に応えていくことと、「できなさを受けとめる」「他者に委ねる・頼る」ということを体得していくこととの間のジレンマもあります。その意味で、「強さ/弱さ」というテーマに対して教育(学)は、非常にアンビバレントな立ち位置におかれてきたといえるでしょう。
- そこでこの特集では、〈「弱さ」を見せられない社会〉の実態とその構造をつかむとともに、それを乗り越えていくための教育(学)の課題について、実態・理論・実践を行き来しながら考えてみたいと思います。
- これを機に、自分の実践および自分自身の「弱さ」、そしてそれをとりまく社会の風潮(空気?)について、それぞれ振り返ってみるとともに、周りの仲間とともに語り合い、課題を共有していただければと思います。
編集後記
- 「弱さ」を見せられない社会が人々を酸欠のように息苦しくさせている。特集1は深呼吸のように新鮮な風を届けてくれる。 酸素は学びと共感にあるのだろう。本誌の意義は一つのテーマをめぐって研究と実践の現場から多様な視点と切り口で人間や社会の見方を変え、自分の考え方を耕してくれることだと改めて思う。それは不思議な喜びや楽しさを私たちに与えてくれる。
- 守屋論文は「弱さ」を忌避したり憎悪する人々の深層に迫るとともに、学校や教師たちが抜きがたく身につけている優劣や評価の視線を見直させ、教育とは何かを考えさせてくれる。竹内論文では「弱さの無条件の肯定」の肯定のありようを問い、「強さ」と「弱さ」を二項対立ではなく支えあい学びあう関係と見る「能力の共同性」論が必要だという指摘に目を開かされる。
- 岡田論文の定期テストや弱いロボットのエピソードは自分にもある「学校メガネ」を外させ、共感の笑みを残してくれる。奥田、荒巻、綿貫の3氏によるホームレス支援や教育相談、学校の現場からの報告には感情を伴い生き方を重ねた自らの変革をくぐる「弱さ」観の転換があり、深く共感する。
- 特集2では関連して「貧困のなかの子どもと学習支援」をとりあげた。現代日本の貧困と格差の闇は子どもの生活世界にもっとも深い影を落としている。学校のありふれた日常がその多重の疎外に関わっているとすれば授業や学びのあり方そのものをつくり変えていくことが重要になる(中村論文)が、各地で献身的に取り組まれている学習支援によって「子どもたちが肯定的な自己像を仲間とともに取り戻す」(中嶋論文)姿にも胸熱くなる。